人間歳を取れば取るほど、何か新しいことを始めることに億劫になったり、可能性を自ら狭めてしまうことがあるかと思います。一方で、このブログでも紹介したことのある、86歳のアイアンマンの稲田さんのように、自分の可能性を信じて記録に挑んでいる人もいるわけです。
私自身の経験では、自分の内から、こうなったらいいな、とか、これができるんじゃないか という心の声が聞こえてくると何か心が暖かくなる瞬間があって、そういう時に自分の可能性を感じることがありました。また、その時に思ったこと自体を忘れるくらい何年も経ってから、”急に、あっ、実現している” とデジャブのような感覚に落ち入ることがよくあります。
そんなことに思考を巡らしているときに、前にネットで読んで共鳴した情報を見つけましたので、皆さんにも共有させていただきます。
人間は、ほんの僅かでも自分の中に可能性を見出すことができれば、そこから喜びや希望を感じることができると思います。その可能性を追求していくことで、それが生きがいとなり、意気揚々と生きることができのではないでしょうか。次に可能性を見出すためには、”ゆらぎ” や ”とらわれ” をできるだけ無くすこと。つまり、自分自身で否定的な意味づけをしない。それは、自分自身が勝手に作り出していることだと、気づくことが大事なのです。”こうした自分が共鳴した情報も普段の生活の中では忘れているかもしれませんが、自分の潜在心理の中にはきちんと落とし込まれていて、自分に良い気づきを与えてくれたり、正しい思考をするために助けてくれているのかも知れませんね。
如何でしょうか。少なきで足りる精神ですね。次に、意味付けに関してです。
”私が言いたいのは「意味付けをやめろ」ということではないんです。自分が意味を付けていることに気がつくこと。自分の「ゆらぎ」や「とらわれ」は自分自身が勝手に作り出していることだと、”気づく力”が重要なのです。
こちらは、自分自身で可能性を狭めていたり、自分自身で否定的な意味づけをしていることがないか自問してみる。そして、気づきの中から自分の思考や行動を変えてみるということですね。
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