松本享先生

英語の達人になりたくて、英語の勉強を再開していますが、英語の達人として最初に私が思い浮かぶ方が、松本享さんになります。

残念ながら1979年にお亡くなりになられいるので生前のご活躍は存じ上げていませんんが、今から30年近く前に、何気なく手にした本が、松本享さんが書かれた、「英語と私」という英語の思いを語られた自伝的な内容の本でした。当時私は新卒で外資系の会社に入社したものの、周りに英語ができる同僚や先輩たちがいっぱいいて、自分もああなりたいと英語の向上に熱を上げていました。


その本の中で、松本享さんがまだ学生の時の思い出を語られる箇所があるのですが(第二次世界大戦の前の話です)、当時日本では本場の英語に触れる機会が非常に限られていて、本場の英語に飢えていたと回顧されています。一つのエピソードとして、ある日自宅に戻ると、玄関に海外からの船便が当時アメリカに住んでいた兄から届いており、その場で開封したところ何の内容かは忘れてしまったが英語の洋書であったと思い返されています。そこですごいのは、松本享さんは、その場で靴も脱がず本を読み始め、気がつくと玄関で立ったまま本を読み終えたというのです。

このエピソードを読んで、衝撃を受けました。後にも先にも、松本享さんほど英語の習得に情熱を持ち続けて、戦後日本に英語教育を広めた方はいないと思います。


私自身はまだまだ足元にも及びませんが、20代の頃に松本享さんのようなメンターを持てたことはとてもラッキーだったと思います。これから何度人生をやり直したとしても、とても松本享さんに追いつけないと思いますが、それでも、英語を勉強する時は少し背筋を伸ばして偉大な先生に一ミリでも近づけるように頑張りたいと思います。

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ABOUT US

サイト管理人: カネゴン バブルが終わる直前の1991年に、外資系の金融関係の会社に入社しました。そこでビジネスのイロハを学ばせていただき、10年以上のオーストラリアでの勤務時代には英語漬けの毎日でした。その後、縁があり、現在働いている外資系IT企業にお世話になっております。ここでは、1,000名を超える組織と日本だけでなく韓国のチームを率いる経験をさせていただき人材開発やチームエンゲージメントに注力してきました。 (このブログの最初の投稿 2020年3月2日) 人間に生まれて半世紀が過ぎました。後どれくらい自分の人生が残されているか分かりませんが、残りの人生、自分の好きなことや、興味のあることをひたすらやり続けていくことを決意しました。 それを全うすることが出来たら、人生の最後に自分の人生は本当に幸せであったなと振り返ることが出来ると思うのです。 このブログはそうした自分の想いを込めて、”幸せの達人になる” と名付けてみました。 これから毎日、”xxxの達人になる”というカテゴリー別に記事をアップしていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。 Writer; Kanegon Joined the US financial related company in Tokyo back in 1991 as the fresh graduate and learnt the business 101 over there including over 10 years overseas experience in Sydney, Australia. I'm currently working for US IT company in Tokyo and am fortunate to manage over 1,000 employees organization for not only Japan, but also Korea team.